人生の荒波を共にした、金魚ぽち
2026年1月10日、土曜日。
我が家の愛すべき居候、金魚の「ポチ」が旅立った。
推定8歳(性別不明)。一緒に過ごしたのは約3年。
この3年間、私は会社員としての閉塞感で迷走し、そこから脱出するために必死でもがいていた。
辟易して帰宅した俺を、いつも水槽の中から迎えてくれたのがポチだった。
「いいなぁ、こいつらは気持ちよさそうで」

そう毒づきながらも、妻が完璧に手入れしてくれた清々しい水槽の中で泳ぐ「ハチ」と「ポチ」の姿に、どれほど救われてきただろうか。
ポチとの日々:金魚の常識を覆す「変ないきもの」
もともとは、姪っ子が祭りの金魚すくいで連れてきたポチだった。
父が世話を引き継ぎ、5年が経った頃。
「世話が億劫になった」という父から、妻が喜んでYESの2つ返事。
ここで、こいつらの「人生…魚生(ぎょせい)」二度目の引越しだった。
実家から車で2時間。
大きな袋に水を入れて二重にし、箱に入れ、助手席の足元に置いて、夫婦2人で慎重に車を走らせた。
我が家にやってきたポチは、「変な金魚」だった。 とにかく人懐っこい。
近づけばエサを求めてパクパクと空気を吸い、水面に指を入れればアムアムと甘噛みしてくる。

おまけに、長生きのくせに「浮き袋」が弱いのか、縦に浮いたままの日もあれば、ヒラメやカレイのように砂利の上で横たわってくつろいでいる日もあった。
「もう死ぬんかなあ?」と心配させるのが、ポチの日常だった。

しかし、エサの時間になれば豹変する。
もう一匹の「はち」を押しのけ、水面を跳ねるようにエサを掻っ攫う。

そして、食べすぎて沈む(笑)。
ある程度、咀嚼が終われば、また暴れ出すように水面に、、、の繰り返し🍚🐟🐟
その「変な魚」の力強い姿に、俺はいつの間にか「安らぎ」を感じとったんばい(笑)
3年過ごした歳月:サイドFIREを見届けてくれたぽち
引き取った時はすでに推定5歳。
はじめは「あと1年くらいでサヨナラだろう、金魚て長生きせんじゃろ」
と思っていたが、ポチは、おれがサラリーマン卒業するまで、まったりと、ぬくぬくと、力強く生きていた。
俺が一番嫌な時期、悩み、ハゲ進行一直線の時期、そして新しい生き方を学んだ時期、、、
常に部屋にいたのはポチだった。

在宅で仕事をしていても、ふと視線を向ければ、ポチが水底の石をベッドにして「だら〜」と寝ている。
その無防備な姿を見るたび、俺の肩の力は抜けるんよ本当にww
本魚は「気遣い」なんて1mmっも思っていないだろうが、安らぎを与えてくれてありがとう。
結び:ふるさとの土に還る
旅立ちの1ヶ月前から、ポチはひっくり返ったまま過ごすことが増え、徐々にエサも食べられなくなっていった。
そして1月9日。死ぬ前日、
ポチは最後の力を振り絞るように、普通の金魚らしい姿勢で数時間、静かに佇んでいた。

「最後くらい、シャキッとした姿を見せてやるばいよ!」
そう言っているようだった。
1月10日の夜、帰宅した妻が見守る中で、ポチは静かにエラを止めた。
不思議なことに、最後は病気の跡ひとつない、売り物のような美しい姿だった。

ポチの最期の翌日、偶然届いた内祝いの綺麗な木箱に氷を敷き、ぽちを納めた。
そして、実家の庭に埋葬した。ふるさとの土に弔った。
妻からの最後の餌とともに、土に埋めた。
ポチ、約3年間、本当にありがとうよ。
「ハンデがあっても、一生懸命に生きる、」というスタイル。
食欲の権化で、「楽しむときは楽しむ」というスタイル。
俺はこれから、ぽちのように「少しだけ」わがままになりますばい。
それでは..ゆっくりおやすみ。しょな。

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