【ガス会社編】「条件の罠とモラハラの地獄」

暗闇で青く燃えるガスコンロの火
目次

第1章:大手プラントを辞め、九州へ。そこは別の地獄の入り口やった。

大手化学メーカーの製造職。給料も福利厚生も、世間から見れば「勝ち組」だったのかもしれない。

だが、俺の心と体は限界だった。

年齢を追うごとにズッシリと重くなる交代制の負荷。

そして追い打ちをかけるようなアレルギーの発症。

「もう、北陸を離れよう」

逃げと言われようが、俺は温かい地元の空気を吸いたかった。 三つ子の魂百まで。九州の人間は、最後はやっぱり『地元の空気』ば吸いたいとですよ。


「なんで九州なの?」忘れられん義母の言葉

北陸を去る決意を、妻の両親に報告したときのこと。

妻は一人娘。交際中は同棲どころかお泊まりもNGという、本当に大事に育てられた箱入り娘。

そんな大事な娘さんを、縁もゆかりもない九州へ連れて行く。 お義母さんから放たれた言葉は、5年以上経った今でも耳に残ってる。

なんで九州なの?こっちじゃダメなの?

胸が締め付けられた。 近い将来、老いていく両親を見捨てると言っているようなもん。罪悪感で押し潰されそうやった。

「申し訳ありません」

心の中でも何度も謝った。 でも、俺はもう北陸の厳しい冬にも耐えられんかった。

風の強さも、寒さも、孤独も。 情なか。本当に情なか。

そう自責しても、俺の足は九州を向いていた。

焦りが生んだ「一生の不覚」

そんなボロボロの状態で手に入れた、地元九州のガス会社の内定。

これが地獄への切符になるとは、当時の俺は思いもしなかった。

当時の募集内容は「ガスの営業職」。 面接でこう聞かれた。

「営業じゃなくて、最初は現場職でもよいのかな?」

俺は「最初は」という言葉を鵜吞みにした。

「大型免許も設備関連の経験もある。即戦力として期待されとるっちゃろう、早くこの苦境から抜け出したい。」

その焦りが、あるまじき「凡ミス」を引き起こした

ビジネス書類を指差しながらペンで内容を確認する二人の手元

内定通知書はもらった。

しかし、「条件通知書」を貰わぬまま、引越しを決めてしまった。

給与、休日、福利厚生……本来なら入社判断の絶対条件。

それを「安定のガス会社だから大丈夫だろう」

根拠のない妄信で、口約束のまま進めてしまった。

これが、すべての歯車が狂い出す始まりだった。

今思い返しても、馬鹿な自分に対して、はらわた煮えくりかえるばい…

第2章:入社日に突きつけられた絶望。条件「あと出し」の正体

「安定のガス会社やけん、今度こそ大丈夫!」

その甘い考えは、入社初日のオリエンテーションで木っ端微塵に砕かれた。

あろうことか、会社側が条件通知書を出してきたのは「入社当日」だった。

本来、条件は入社前に見せるもの。 「条件通知を入社後に出す」なんて、今思えばルール違反もいいところ。

すでに、首に縄をかけられた状態で出された書面。そこには衝撃の事実が書かれとった。

地面に置かれた「REAL」という石造りのアルファベットオブジェ

「営業職」でも「総合職」でもない、ただの「現場職」

募集サイトの謳い文句にあった「給与」や「休み」はどこへやら。

条件通知書に書かれていたのは、総合職とは明らかに基本賃金も賞与も違う、「現場職」としての待遇だった

だけど、当時の俺はもう後戻りできなかった。

  • 妻を連れて九州へ引っ越してきた直後
  • 怒りに任せたところで、どこに行く?
  • 今日からここで働くしかない

💡これが、条件後出しの恐怖

どんなに大きな看板を掲げとる会社でも、書面を確認するまでは信じちゃいかん。 俺は、一生消えん「凡ミス」を犯してしまった。

結局、人は「自分が追い詰められた環境」にいると、冷静な判断ができんくなる。

前職の化学メーカーでのアレルギー発症が、判断を狂わせていた。

論:どんな事情があろうとも慌てたら負けばい!

どんな些細な契約でも、必ず判を押す前に書面を確認する。

今となっては、本当にありがたいと思える。
たかが就職の失敗。
今後の人生における「基本のキ」を、しっかり叩き込めたんやけん。

第3章:挨拶すら無視。直属の上司が「特殊すぎる人」だった件

待遇の絶望に追い打ちをかけたのが、配属先の人間関係だった。

入社初日、事務所の朝礼前に到着した俺を待っていたのは、現場職の上司。

おはようございます!今日からお世話になります!

意を決して挨拶した俺に対し、その上司が返したのは、小さな会釈のみ。

そのまま隣にいた仲の良い部下と、わきゃわきゃと喋りだした。

「……え、無視?」

後でわかったことやけど、人見知りが激しすぎるのか、コミュニケーションの取り方が著しく独特な方だった。


なぜ、俺はいつも「変な人」を引き寄せるのか

挨拶はしない。 まともに仕事もしない(できるけど、しない)。
新しい社員が入ってきても、面倒を見ようとすらせん。

外部の協力会社さん(60代のベテラン)からも 同情される始末😢

あん人(上司)おかしいばい。あんたも大変やね…

「なんで、俺はいつも、特殊な人がいるところにいくのだろうか…しかもすぐ隣に…」

目の前で、狭い世界に閉じこもってのほほんと生きている上司。
イライラを通り越して、虚しさがこみ上げてきた。

でも、俺はここで腐るわけにはいかんかった。

「内定承諾にサインしたのは俺だ。無理やり判を押されたわけでも何でもない。今の俺はクソバカ野郎だ!」

そう割り切り、俺は「ある計画」を実行に移すことにした。

なんか…笑っちゃいかんけど、編集長もめげないねえ

第4章:「利用できるもんは全部使う」怒りの資格6冠奪取

目の前には、挨拶すらまともにせん上司。
現場の空気は淀んでいるように感じる日々。

「なら、会社を徹底的に利用してやる」

俺はそう決めた。
幸か不幸か、その部署は暇だった。
イライラしながら時計を眺めるくらいなら、その時間を自分の将来のために投資してやろう決心した。

机の上に広げられた分厚い本と、勉強の跡が見える開いたノート
  • ガス関連の資格:3つ
  • 現場で役立つ実務資格:1つ
  • 事務関係の資格:2つ

約2年で、合計6つの資格を取得。
費用はすべて会社負担。 褒められこそすれ、文句を言われる筋合いはない。

これみよがしに合格証を突き出し、自分の市場価値を上げた。
「可愛げのない部下」と思われたろうが、そんなのは知ったこっちゃない。

この時、俺の中で「会社への依存心」は完全に消え
あるのは「次への準備」だけだった。

第5章:事務職での募集は嘘?障害を持つ方まで現場へ送り込む闇

自分の状況も酷かったが、さらに目を疑うような出来事が起きた。

俺が入社して1年後、障害を持つ40代の方が入社してきた。”障がい者手帳”も持っている方だ

驚いたことに、その方も「現場職」として配属されてきた。
詳しく話を聞くと、募集時は「事務職」だったという。

「……え? 事務職で募集した障害がある人を、現場に回す?」

俺の時よりも、クソほどタチが悪い。

本人も「事務職と信じてサインした自分のせいだ」と悔しがっていた。

結局、この会社は「人を人として見ていない」

弱みに付け込み、錯覚させ、判を押させる。 強制ではない。

でも、そう仕向けるやり口が、俺にはどうしても許せなかった。

改めて考えると、天才的な「誘導」というか、それとなく話を進めるのが巧みなんだよなあ。変に感心するばい。

第6章:営業職への異動。ようやく抜け出せると思ったのに……

入社2年後、ようやくチャンスが巡ってきた。
営業職への異動。「 現場の淀んだ空気から解放される!」そう期待していた。

ところが、配属先で待っていたのは
前の現場上司とはまた違うタイプの「地獄の番人」だった。

指導係になった先輩は、いわゆる「仕事は超できるが、できない奴の気持ちがわからん」タイプ。

元々、俺は飲み込みが遅い。
人の倍やって、ようやく人並みやけん初速が遅いんよ。

当然、その先輩との相性は最悪だった。

それを自覚しとるからこそ、必死に食らいつこうとした。
だが、その「不器用さ」が、指導係の逆鱗に触れることになるとは……。

第7章:「感情、どこに置いてきたんですか?」

営業職に異動して1か月。
俺を待っていたのは、指導という名の「人格否定」の毎日だった。

俺は不器用だ。人見知りだし、面白いことも言えん。
それでも、メモも取るし、時間は守る。必死に食らいつこうとしてた。

だが、指導係から飛んでくるのは仕事の指摘ではなく、俺の「人間性」への攻撃やった。

・つまらない人ですね
・感情あるんですか?
・どこに置いてきたんですか?

相手は会社の期待の星。仕事はできる。

でも、危険物を扱う現場で、教育係(メンター)が後輩にすることなのか?

車内という密室で、2人きりの2か月。
さらに追い打ちをかけるように、

「ロボット」「向いてない」「現場職に戻った方がよいですよ」の人格否定。

暗い部屋でモニターの光に照らされながら、悩み込む男性のイラスト

転属1か月でここまで言われる…

「俺、よっぽどダメ人間なんだろうな…。」

休みの日も出かけず、メモを見直して、記憶整理してノートに纏めて。
気づけば数冊…それでも否定される。

「適性がゼロなんだな」

失敗続きの転職も重なり、当時はそうとしか思えなかった。
逃げ場のない空間で、俺の心は少しずつ、確実に削られていった。

第8章:ついに手が震え出した。ネジ一本回せん自分への絶望

この文章書いてて思う。弱者の言い訳も入っとるけん話半分に聞いてほしい。

現場での追い込みは、気づくと「速度」への要求に変わった。

「遅い」
「何やってんですか?」
「抜けてますよ?」

これまで、自衛隊や大型プラントで「命関わる現場」を経験してきた俺だが、信じられんことに「恐怖」なのか…手が震え出した

単純なネジ一本すら、まともに外せん時が増えてきた。

震える手を見て、さらに焦る。

「俺……自分が思う以上にダメな奴なんだ……」

度重なる転職、短期間での罵倒。自分を信じる力が、もう底をついとった。

元々、俺に「自尊心」なんてもんは微塵ない。

「資格の勉強」というメッキでごまかしていただけ。

それも理解しとったつもり。
何度も何度も何度も、逃げてきた、気づけば30後半に入るオッサン。
その事実も飲み込んでいたつもり。

だが現実は「ガス」という危険物を扱っているのに、手が震える。

会社への迷惑なんてどうでもいい。
ただ、何も知らないお客さんにとっても大迷惑になる。

もう限界を超えとるサインやった。

第9章:妻の電話と、最後の決断。

大きな鉄球に繋がれた男性が地面に座り込み、悩み込んでいるイラスト

家で憔悴しきった俺を見て、動いたのは妻だった。
俺に内緒で、本社へ電話をかけたそうだ。

「主人が、もう限界です」

本社によると、妻は泣きながら電話してくれたらしい…ごめん。

後日、会社との面談で俺はありのままを伝えた。

  • 自分の飲み込みが悪いこと。
  • 手が震えて、もうガスを扱うのは危険であること。

モラハラについては言わんかった。
指導者を「期待の星」と崇める会社だし、とっくに依存心なんてない。

俺は、次の内定先も辞退し、何もないまま会社を辞めた。

妻の地元の北陸に戻る気力も、もう残っとらんかった。


どん底で見つけた「宅建合格」という光

退職後、3ヶ月の失業保険+貯金+資産取り崩しでの生活。

外で働くことへの恐怖が消えない中、俺は自分に「自信」を取り戻したくて、必死に机に向かった。

選んだのは、合格率15%前後の難関「宅建(宅地建物取引士)」
5ヶ月間、人生で一番勉強した。 そして、合格。

資格試験に合格し、暗闇の中に一筋の希望の光(電球)を見出した瞬間

「ああ、俺でも、まだやれるんだ」

手が震えるほど追い詰められた俺に、この合格証はどんな薬よりも効いた。
この成功体験が、俺を次の、そして最後の戦場へと向かわせる勇気をくれた。

その「最後の会社」を2年で終え、俺は今、サイドFIREの生活にいる。

最後の会社は、、、辞めたばかりというのもあり、まだ話したくない。
また、落ち着いたころ、報告できたらと思ってます。

結論:俺は逃げて勝ちを掴み取ったばい✨

転職会社編【4社】はこれでおしまいです。

転職4回繰り返して「確信」したこと
  • 会社に依存してはいけない
  • 自分の人生の舵は、自分で「早めに」とる
  • 「家族」「良き縁」「健康」これに勝るものはない。
  • 「お金」の知識。最適化。勉強は必須

凡人が「普通」と違うことをしようとするなら、どこかで腹を決めないといけません。

今はサラリーマンという概念から抜け出し、毎日のように恐怖も感じるけれど、それ以上にわくわくしとります。まさに心の中がカオス状態(笑)。

勇気づけられるか分かりませんが「こんな奴でもやれたんだ」と、一歩踏み出す勇気を持ってもらえたら嬉しかです。

人生は一度きり。
死んだらただの可燃物。あとは骨壺。
言い方は乱暴ですが、これが事実です。

だからといって、人を傷つけていいわけでもない。
自分が楽しめる範囲内で、周りと楽しむ。これだけでよかとです。

それでは!しょな!!

これまで転職の4編【完結編】でまとめました👇何かヒントがあれば幸いです。

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この記事を書いた人

38歳でサイドFIREを達成した、元・社畜の主夫ブロガーです。

会社員時代の「監獄生活」から抜け出すために試行錯誤し、現在は投資とブログを軸にした自由なライフスタイルを確立。家事をこなしながら、資産形成のコツやFIRE後のリアルな生活を包み隠さずお届けします。
「自分らしい生き方」を探しているすべての人へ。私の経験が、あなたの新しい一歩のヒントになれば嬉しいです。

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